この記事のポイント
はじめに── なぜ車椅子の歴史を知るのか
前編では、車椅子の種類と選び方を紹介しました。この中編では、車椅子がどのように生まれ、進化してきたのかをたどります。
「歴史なんて、実際の介護に関係あるの?」と思われるかもしれません。しかし、今の車椅子の形や仕組みにはすべて理由があります。その理由を知ると、車椅子への理解がぐっと深まります。
古代── 車輪付きの椅子の誕生
最古の記録
車椅子の原型は、なんと紀元前6世紀頃の中国にまで遡ります。古い石の彫刻に、車輪のついた家具に人が座っている姿が描かれています。紀元前5世紀頃のギリシャにも、似たような記録が残っています。
ただし、当時の「車輪付き椅子」は障害のある方のためのものではありませんでした。木でできた重い構造で、自分で動かすことはできず、使っていたのは王侯貴族などの身分の高い人だけでした。
16〜17世紀── 「車椅子」の原型
フィリップ2世の車椅子
「車椅子」と呼べる最初の例のひとつは、1595年頃のスペイン国王フィリップ2世の椅子です。痛風で歩けなくなった王のために作られたこの椅子には、車輪・背もたれ・足置き・リクライニング機能がすでに備わっていました。
ただし、これは王様のために特別に作られたもので、一般の人が使えるものではありませんでした。
バース市の「バースチェア」
17〜18世紀のイギリスでは、温泉で有名なバース市で「バースチェア」という車輪付き椅子が使われるようになりました。温泉に療養に来た富裕層の方を運ぶための乗り物です。
大切なのは、ここで「歩けない人も外に出られる」という考え方が生まれたことです。それまでは、移動が難しい人は家の中にいるのが当たり前でした。
18〜19世紀── 自走の発想と量産の始まり
自走式車椅子の萌芽
1655年、ドイツの時計職人ステファン・ファーフラーが、足が不自由だった自分のために手回しハンドルで自分で動かせる三輪の椅子を作りました。
これは大きな転換点です。それまでの車輪付き椅子はすべて「誰かに押してもらう」ものでしたが、初めて「自分の力で移動する」という発想が生まれたのです。
産業革命と車椅子
19世紀の産業革命で、車椅子も大きく変わりました。
- 素材の進化:木製から鉄製フレームへ、木の車輪からゴムタイヤへ
- 量産:工場で大量に作れるようになり、値段が下がった
- 自転車の技術が応用された:空気入りタイヤやスポーク車輪など、自転車のために生まれた技術が車椅子にも使われるようになった
ただし、この時代の車椅子はまだ重くて大きく、おもに介助者が押すものでした。
20世紀前半── 2つの世界大戦と車椅子革命
戦争がもたらした需要の爆発
車椅子の歴史で大きな転機となったのが、2つの世界大戦です。
戦争で負傷した多くの兵士が、歩けないまま社会に戻ることになりました。この現実が、車椅子の需要を一気に増やし、技術の進歩を加速させました。
E&Jの折りたたみ車椅子(1933年)
1932年、アメリカのエンジニアハーバート・エベレストが事故で車椅子ユーザーとなりました。当時の車椅子は重くて折りたためず、車に積むこともできませんでした。
エベレストは仲間のエンジニアと協力し、1933年に世界初の折りたたみ式車椅子を開発しました。X型フレームで横に折りたためるこの設計は、今でも多くの車椅子に使われています。
この発明により、車椅子を車のトランクに積んで出かけられるようになりました。車椅子ユーザーの行動範囲が大きく広がった、歴史的な発明です。
第二次世界大戦後── ストーク・マンデビル病院
第二次世界大戦後のイギリスで、もうひとつ大切な出来事がありました。
ロンドン郊外のストーク・マンデビル病院で、医師ルートヴィヒ・グットマンがリハビリにスポーツを取り入れたのです。車椅子バスケットボールや車椅子レースなどが始まり、1948年に開かれた大会がパラリンピックの起源となりました。
車椅子スポーツは、「車椅子=病人の道具」というイメージを変えました。車椅子に乗って力強く競技する姿は、車椅子ユーザーへの社会の見方を大きく変えるきっかけになりました。
20世紀後半── 軽量化、個別化、そして権利運動
軽量車椅子の登場
1970年代以降、車椅子はどんどん軽くなっていきました。
- 1970年代:鉄からアルミへ。大幅に軽くなった
- 1980年代:折りたたまない固定フレームが登場。さらに軽く、漕ぎやすくなった
- 1990年代:チタンやカーボンなど、もっと軽い素材が使われるようになった
この進化の原動力は、車椅子ユーザー自身の「もっと軽く、もっと動きやすく」という声でした。
障害者権利運動と車椅子
1960〜70年代のアメリカで障害者権利運動が盛り上がり、車椅子の見方が大きく変わりました。
それまで車椅子は「病気の人が使う医療器具」と思われていました。しかし、障害者権利運動は「車椅子は眼鏡と同じ。移動を助ける道具にすぎない」という考え方を広めました。
この運動は、法律の変化にもつながりました。
- 1990年:アメリカで障害者差別を禁止する法律(ADA)が成立
- 2006年:国連で障害者権利条約が採択
- 日本では2006年:バリアフリー新法が施行
こうした法整備によって、エレベーター、スロープ、ノンステップバスなど、車椅子ユーザーが街に出やすい環境が整えられていきました。
個別化── 「一人ひとりに合った車椅子」へ
もうひとつの大きな変化は、車椅子の「個別化」です。
かつては全員が同じサイズの車椅子を使っていましたが、1980年代以降、体に合わせて調整できる車椅子が登場しました。座面の幅や奥行き、背もたれの高さなどを、ひとりひとりに合わせられるようになったのです。
「車椅子に人を合わせる」のではなく、「人に合わせて車椅子を選ぶ」──この考え方は、前編でも紹介した今の車椅子選びの基本です。
シーティングの概念
車椅子の個別化とあわせて、「シーティング」という考え方も広まりました。シーティングとは、車椅子に座ったときの姿勢を専門的に調整する技術のことです。
座面やクッションの形、背もたれの角度などを体に合わせることで、お尻の皮膚トラブルや姿勢のくずれを防ぎ、活動しやすくなります。作業療法士は、このシーティングの専門家でもあります。
電動車椅子の進化
初期の電動車椅子
電動車椅子は1950年代に登場しました。初期のものは50kg以上もあり、バッテリーも長く持ちませんでしたが、腕の力が弱い方にとっては初めて自分の力で移動できる手段でした。
操作方法の多様化
電動車椅子は、操作方法がとても多様になっています。
- ジョイスティック:小さなレバーを手で操作する(最も一般的)
- 顎での操作:顎でレバーを動かす
- 頭の動きで操作:頭を傾けてスイッチを押す
- 息で操作:ストローに息を吹き込む・吸い込むことで動かす
- 視線で操作:目の動きで方向を指示する(研究段階)
体のどこかが動けば、自分で移動できる可能性がある──電動車椅子の進化は、そんな希望を広げてきました。
日本における車椅子の歴史
戦後の日本と車椅子
日本における車椅子の普及は、第二次世界大戦後に本格化しました。
戦傷兵のリハビリテーション施設で車椅子が使用されるようになり、1950年代以降、国内メーカーによる車椅子の製造が始まりました。
介護保険制度の影響
日本の車椅子普及に大きな影響を与えたのが、2000年に始まった介護保険制度です。
それまで車椅子は「買う」ものでしたが、介護保険のレンタル制度により、少ない自己負担で借りられるようになりました。体の状態が変わったときに別の機種に交換できるのも、レンタルの大きなメリットです。
バリアフリー整備の進展
2006年のバリアフリー新法をきっかけに、日本のバリアフリー整備は進みました。
- 駅のエレベーター
- ノンステップバス
- お店や公共施設のスロープ
- 多目的トイレ
こうした整備により、車椅子での外出がしやすくなっています。ただし、古い建物や住宅のバリアフリー化はまだ課題として残っています。
車椅子の歴史が教えてくれること
数千年の歴史を振り返ると、大切なことが見えてきます。
車椅子の進化は、「移動したい」という当事者の願いによって進んできたということです。折りたたみ車椅子を発明したのは車椅子ユーザー自身でしたし、軽量化を求めたのも当事者の声でした。
そして、車椅子は「病気の人の道具」ではなく「移動の自由を実現する道具」です。眼鏡をかけることと同じように、車椅子を使うことは自分らしく暮らすための積極的な選択なのです。
おわりに── 歴史を知り、未来を考える
- 車椅子は「あきらめの道具」ではありません。移動の自由を求めてきた人々の知恵と努力の結晶です
- 今の車椅子は選べる時代です。体に合った一台を見つけることで、暮らしが大きく変わります
- バリアフリー情報を事前にチェックしておくと、車椅子でのお出かけがスムーズになります